「社長が全部決める会社」をやめた理由
1937年創業、大阪市東成区にある従業員8名の精密板金工場・光製作所。かつては例にもれず、「社長の一声」で物事が決まる典型的なトップダウン型でした。
しかし代表・井上は、「中小企業こそ現場の知恵が生きなければ未来はない」と考え、経営理念「我々は社会の光となります」を実現するには、社員一人ひとりが“自分の言葉”で語れなければならないと気づきます。
技術や設備だけでは差別化が難しい時代に、強みになるのは「人」と「カルチャー」。そこであえてトップダウンをやめ、社員主体のボトムアップ経営への舵切りを決断しました。
兄弟経営がぶつかり合いながら進めた風土改革
改革の相棒は、常...









